「私の人生なんだったんだ?って思いますよ」
ひょんなことで50歳でリタイアした人と話しました(ブログは関係なし)。
彼はすでに数年リタイアしている私の先輩ですが、上記のようなことを言ってました。
セミリタイアは早すぎることはない
私が子どものとき、疑問に思っていたことがあります。
「トヨタ自動車」に勤める人は、「鈴木さん」や「田中さん」であって、「豊田さん」ではない。
それなのに、イヤにならないのだろうか? と。
トヨタ自動車に40年も勤めていたら、豊田さんか鈴木さんかわからないじゃないか、と……🤔
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人間の寿命は長くて100年。
肉体や知性のピークは20~40代です。
この「人生でいちばんおいしい時期」を、多くの人が労働で塗りつぶしてしまう。
もちろん、それが自分が求める意義のある仕事ならいいのですよ。
でも、「ただ金を稼ぐため」にしぶしぶ行い、他人を儲けさせるだけだとしたら、これほど不毛なことはない……。
「なんのための人生だったのか」
50歳リタイアの人は、たびたび「私の人生なんだったんだ?って思います」と言ってました。
彼は25年以上働いて、それから早期退職した。
私が30歳で仕事をやめたというと、とても喜んでました。
「そう、早い方がいい。働いているときはリタイアしたらバラ色の人生が待っているんだ、と思っていた。でも、年をとると何もできなくなる」
彼も同じなのです。
「もっと早くリタイアすればよかった」系の人です。
ほんと、リタイア者でこれを言わない人を見たことがない……😅
はした金で人生の時間を失う
10年働けば、お金は増えます。
資産は2000万円や3000万円増えるかもしれない。
でも、そのせいで人生のゼッタイの時間は失われてしまう。
いくらお金を払っても、その時間は取り戻せない。
「あなたの10年間の価値って、2000万円ですか?」
「そんな安くない😤」とだれでも答えるでしょう。
でも、多くのひとが時間を失っている。
お金のために嫌いな仕事をするのは、奴隷と同じです。
人生の長いあいだをそのように過ごせば、こう思うのは必然です。
「私の人生はなんだったんだ」と……。
貧乏でも「自分の人生」の方がいい
結局、リタイアの良いところは「自分の人生に責任を持っている」ということです。
自分の人生がクソだとしても、退屈でも、貧乏でも、それは自分のせいです。
だからいいんですよね。
社畜のクソなことは、他人の金儲けのために自分の人生が犠牲になることです。
そんなことのために自分の人生がクソになっている。
人は自分の失敗は許せます。
でも他人のせいで自分の人生が台無しになるのは耐えられない。
リタイアすれば、どんなクソな人生でも、「これが自分の人生だ」と感じることができます。
それは「ホンモノ」であり、「自分のモノ」です😘
社畜ライフは、結局、だれかの道具になることです。そんな期間は短い方がいいのです。
終わりに
50歳リタイア氏とは長々とお話したのですが、学ぶことが多くありました。
彼と私の生活はかなり近く、
- 「世の中こーいう生活してる人って少なくないんだな」
- 「自分を客観的に見たらこーなのか」
と考える機会になりました😂
彼と私が大きく違うのはリタイアした時期です。
私が「もっと早くリタイアした方がよかった」と思う以上に、彼も同じことを考えていたようです。
世間では50歳でリタイアは「早い」ですが。
もしかしたら、50歳でも「遅すぎる」のかもしれません……😘