「どれほどお金があれば経済的保証が得られるのか?」
は難しい質問です。
ただ、リタイアしてわかることは、生きるのに金はそれほど必要ないということです。
世の中ムダなものが多すぎる
「私には必要のないものが、なんとたくさんあることか」
ソクラテスは市場の商品を眺めて言いました。
2000年以上前でこうであるなら、現代はどうなっているか?
15年前はiPhoneがありませんでした。
35年前はWindowsがありませんでした。
100年前の日本人は、洗濯機も、冷蔵庫も、自動車も持たなかった。
現代人はとてもこれらがないと生きていけないと思ってるが、実際なければないでやっていける。
必要なものはタダ・安い
人間にとって必要なものは以下です。
- 酸素
- 水
- 食料
- シェルター(暖をとる住居)
このうち、酸素はタダで、水や食料は激安です。うどん玉が15円くらいで買えます。
シェルターはダンボールで無料で……といきたいのですが。近代社会では野宿ライフが禁じられています😪 まあ150万円出せば土地と家が買えないことはないです。
(坂口恭平「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」より。しょーげきてきな本です😘)
無用なものを買わせる消費社会
自動車やスマホが私たちを豊かにしたか?
これはよく考えてみないとわからないことです。
たとえば私は自動車のナンバーを返納しましたが、おかげで自転車に乗ることが多くなり、健康的になりました。一方で自動車を乗りまわして運動不足で太り、糖尿病になる人は珍しくない。
近代の経済史を調べると、経済の中心はつねに「不要なもの」でした。アヘン、茶、砂糖、タバコ。これらの特徴は、単に不要であるだけでなく、依存性があることです。
現代の「商品」も同じです。自動車やスマホ、生命保険や空気清浄機といったものには依存性があると思ってます。一度それに慣れてしまうと、手放せなくなるのです。
しかし、自由に楽しく生きるために必要なものはそう多くない。
自分を自由にするものだけ買う
もちろんある程度のモノは必要です。
私はミニマリストが嫌いで、なんでもかんでも手放すのは危険だと思ってます。
私が指標としているのは、
「自分を自由にしてくれるものだけを買う」
ということです。
わかりやすい例は「工具」です。工具はほとんど一生使えますが、自転車やバイクを整備士にまかせて高いお金をとられることがなくなります。
「住宅」もそうです。私は「家は借りるのが当たり前」の現代は異常だと思ってます。家を買えば、家賃からずっと解放されることができます。
あとは「本」がそうです。本は、私たちを縛りつけるのではなく、解放してくれます(モノによりますが)。
最近まで私は節約のために本の購入も控えてましたが、さいきん解禁しました😎 「本を買わずに節約してよかった」と思うことはないからです。
生きるのはかんたん
人間が楽しく自由に生きていくには、少しの金で足ります。
私がこのブログで何度も繰り返したいのはこの点なのです。
私たちはいろんなモノが必要だと思い込み、借金してまでそれを買い、その結果労働に縛りつけられます。
構造的にはジャンキーとまったく一緒。
私たちにほんとうに必要なのはわずかです。
「たくさんお金があれば自由になれる」と私たちは信じていますが、それは間違いです。現実には、「すでに自由」なのです。それに気づけるかどうかの問題です。
必要なものは、たくさんのお金ではなく「マインドセット」。
それだけなのです😘