30歳1000万円でリタイア

150万円の家でひっそり隠棲 1000万円で生き残る

【遊ぶための労働】貧乏セミリタイアが「意外と贅沢」な理由

働かないのにリッチ無職🥺

テキトーに遊ぶ、働く、それだけの人生

セルフベーシックインカム状態です

  • 持ち家で家賃フリー
  • ブログで3万円
  • YouTubeで5000円

150万円ハウスが家賃5万円とすると

「毎月8.5万円のベーシックインカム」

です。

これだけで私は生きていけます。

関連:【絶対食いっぱぐれない】「セルフベーシックインカム」のすすめ

でも、それ以上に金を稼ぎます。

今日もUBERで稼いできた🥺✌

なぜか?

ぜーたくするためです……😚

遊ぶ金は「消費」ではなく「贅沢」に消える

國分功一郎は「贅沢」と「消費」をわけている。

贅沢とは浪費することであり、浪費するとは必要の限界を超えて物を受け取ることであり、浪費こそは豊かさの条件であった。
現代社会ではその浪費が妨げられている。人々は浪費家ではなくて、消費者になることを強いられている。物を受け取るのではなくて、終わることのない観念消費のゲームを続けている。
浪費は物を過剰に受け取ることだが、物の受け取りには限界があるから、それはどこかでストップする。そこに現れる状態が満足である。
それに対し、消費は物ではなく観念を対象としているから、いつまでも終わらない。終わらないし満足も得られないから、満足をもとめてさらに消費が継続され、次第に過激化する。満足したいのに、満足をもとめて消費すればするほど、満足が遠のく。そこに退屈が現れる。(「暇と退屈の倫理学」

浪費=必要以上のモノを受けとること

先月、私は2万円で9泊北海道へいった。

ホテルや羽田↔新千歳往復航空券込。

めちゃくちゃ「モノ(サービス)」をもらっています。

なので「満足」がある。

「北海道楽しかった! 今度は沖縄へ行こう😍」

とはならない(なってもいいですが)。

しばらくぽやぽやするか……と旅の余韻にひたってました。

関連:【ダイナミックパッケージ】札幌9泊「21000円」のクソ安旅

消費=モノではなく観念を受けとること

「時速300kmで高速道路を移動するために必要なんよ🥺」

とランボルギーニを買う人はいない。

ステータスやシンボルという「観念」を買っている。

観念では「満足」はない。

第一に、観念は売り渡されない。

企業が管理している。

新型ランボルギーニが出る。

旧型は「格落ち」となる。

あるモノを買っても、それで満足できるかは企業次第。

第二に、観念は無限の追求ができる。

ランボルギーニの次はヨット、次は一等地の豪邸。

胃袋は満たされるが、虚栄心は満たされない。

どれほど金を費やしても、消費では満足することがない。

だから終わらない。

消費には限界がないから、それは延々と繰り返される。延々と繰り返されるのに、満足がもたらされないから、消費は次第に過激に、過剰になっていく。しかも過剰になればなるほど、満足の欠如が強く感じられるようになる。(同)

「満足する」なら労働から解放されます

「消費」では労働に縛りつけられます。

買っても買ってもモノをゲットできない。

ランボルギーニを買ったつぎにはヨットが欲しくなる。

「買ったときと売ったときがいちばん嬉しかった」

と、ヨットを持ってた金持ちがいってましたが。

  • 最新iPhoneがほしい
  • 新築の家がほしい
  • 新車がほしい

も同じ。

消費しつづける限り、ほしいものはなくならない。

つまり、永遠に働かなければいけない。

「満足」は労働から解放されます。

「贅沢」したら、しばらくモノはいらない。

満腹なら高級料理もどーでもいい。

この状態では働く必要がなくなる。

モノは必要以上にあるなら、働いて何かを獲得するのは不合理です。

社畜ライフは

「労働」↔「消費」

のぐるぐる回る生活です。

  • 激しい労働
  • 終わらない消費
  • 空虚な生活

リタイアライフは

  • 適度な労働
  • 過剰なモノを受けとる
  • 満足した生活

こんな感じ。

セミリタイア生活というと倹約やミニマリズムのイメージです(貧乏リタイアだけかも😅)。

しかし、リタイア後は

「贅沢な生活」

がすごく近いのです😚

不労所得や資産によって

「生きるための必要」

はクリアしている。

だから「ちょっとプラスする」だけで贅沢がやってくる。

必要の限界を超える=「贅沢」ですから……😘

終わりに 遊びまくりのぜーたく無職になりましょう

消費社会を批判するためのスローガンを考えるとすれば、それは「贅沢をさせろ」になるだろう。(同)

  • 社会はつらく厳しいものだ
  • 労働することが社会貢献だ

という時代でもない😗

昔は労働が重要だった。

「尊いもの」だったかも。

農民が働かなければコメもパンもなかった。

しかし現代では生産にヒューマンパワーはそんなにいらない。

むしろ「安価な労働力」はイノベーションを阻害する。

社会的に「労働」なんてそんないらん。

労働者にとっても「労働」はそんなにいらん。

日本で生きるだけなら年間50~100万円で十分ですから。

  • 「遊ぶ金ほしさ」
  • 「贅沢するため」

必要あるとすればそんくらい。

労働なんてそんなもんです。

「でもおまえはクソ貧しい! ゴミみたいなメシ食ってる!」

っていうかもしれないけど。

最近すげーリッチ感あります。

  • ちょっぴりの労働
  • たまの贅沢

これで気分はスーパーリッチ😘

まあそんなこと考えながらエサ配りしてました……🏍🍔

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著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!