30歳1000万円でリタイア

150万円の家でひっそり隠棲 1000万円で生き残る

リタイア後の労働――「好きを仕事に」がダメな理由

「好きなことをしていれば、お金はあとからついてくる」というのは、ほとんどの場合まちがっている。

「リタイアしたら自分の好きなことでおカネを稼ごう!」

というのは、実は危険なのです……。

「好きなこと」を仕事にしてはいけない理由

社会からドロップアウトした Ran Prieur氏の「How to drop out」序文から引用します。

好きなことを仕事にしてはいけない

好きなことを仕事にしてはならない。これは私のもっとも過激なアドバイスだ。世界には、報酬なしで好きな仕事をする人がいる。もしそんな人になったなら、計画ではなく幸運によって、お金が入るまでは無料で働き、いつかはお金を稼ぐようになるだろう。しかしもしも君がお金と愛を結びつけたなら、どちらも妥協することになる可能性が高い。まったく好きなことをして貧しい収入となるか、あるいはもはや愛さないかだ。たとえば、もし料理が大好きでシェフになるとすれば、たぶん料理が嫌いになるだろう。料理というものが、仕事にまつわるすべてのくだらないものとアタマの中でリンクされるからだ。

その代わりおすすめなのは、お金と愛を切りわけることだ。収入を得るのにもっともストレスのない収入源をゲットしよう。そして、ほんとうに愛することを無料でやろう。だんだんとお金を稼げるようになるかもしれないし、そうならないかもしれない。「好きなことをしていれば、お金はあとからついてくる」というのは、ほとんどの場合まちがっている。本当の法則は「愛することをしていれば、稼げるか、稼げないかは気にならないーーしかし、それでも君にはお金が必要なのだ」。

「好きなこと、稼ぐことはキッチリ分けろ」

とRanprieur氏はいいます。

私の場合は

  • UBER、治験:ストレスフリーで高収入
  • ブログ:儲からないけど楽しい

って感じ。

「3歳のこころ」をとりもどそう

自由になると、憂鬱になる:こういうことだ。君が3歳のとき、悪い親じゃなければ、自発的に遊ぶことを知っていたはずだ。それから学校へいかなきゃいけなくなって、やることすべてが求められる。最悪なのは、楽しい活動、歌うことやゲームを遊ぶことまで、罰の恐怖によって命じられることだ。だから君のアタマのなかでは、遊ぶことでさえ制御構造にむすびつけられ、生活から切り離されてしまう。もし君が「反抗的」なら、禁じられた活動と遊びをむすびつけて、内なる生を守っただろう。もっとも、禁じられるのはふつう正しい理由で禁じられているのであり、君の反抗が苦しみと失敗という結果に終わるとき、内なる生は信じるに値しないものになる。もし君が「服従的」であったなら、内なる生はほとんど死ぬまで押しつぶされるだけだ。

自由とは、ノーといっても罰せられないことだ。もっとも基本的な自由は、何もしない自由のことだ。しかし、何年もの強制的活動のあとにその自由をゲットしたとき、君はなにもしたくなくなるだろう。君は、なにか自分が愛すべきだと思うようなこと、音楽とか執筆や絵画とかの計画をはじめてみるだろう。そしてそれは成し遂げられることはないかもしれない。なぜならだれも君にそれを強制しないし、もともとほんとうにしたいことじゃないかもしれないからだ。君がほんとうに楽しんで成し遂げられる計画を実行し、内なる生活を構築するまでは、ラッキーなら数ヶ月、そうじゃなきゃ数年はかかるだろう。そしてほかの人が君の行動が価値あるものだと認めるほどにスキルを高めるのは、さらに時間のかかることだろう。

「自発的に遊ぶ」ことをとりもどすのがセミリタイアです。

「遊ぶこと」でさえ、学校教育や消費主義にコントロールされる。

だから自由になったあとは、遊ぶのがヘタ。

しかし数年すれば、遊ぶのが上手になる。

そんで、続けてりゃー「他人が認めること」になる。

リタイアって老人生活のイメージだが、実は「子どもに戻る」プロセスでもあります😘

「ハードワーク」はクソ

ハードワークは悪魔的だ:原始人には、極度に努力しなきゃいけない瞬間はあるにせよ、人生全体を忙しくすることはなく、自分を急かすこともない。飢餓ととなりあわせだが、気に病むことはない。

中世の農奴でさえ、今日の産業労働者より労働時間は短く、スローなペースだった。イヴァン・イリイチは「産業時代の夜明け、彼らは水がゆっくり満たされていく穴のなかにいれられた人々にポンプをあたえた。溺れないためにはそれを一日中使わなければならないのだ」と書いた。人間は本質的にハードワークに抵抗する。だから人々を産業的な仕事に訓練するなにかが必要だった。それは現在では、学校システムと、ハードワークは道徳的美徳だという宗教的教義によるものだ。

ハードワークの反対は質の高い労働quality workだ。質の高い労働はすぐに行われることはあっても、急かされないものだ。できるだけのことをやるという目標であり、それ自身のペースを持つようになる。

ハードワークのもうひとつの反対は遊びの労働playful workだ。質の高い労働と同じように、すぐに行われることはあっても急かされない。ただ、遊びの労働は、質にも、成功にさえ、無関心だ。遊びの労働をするとき、君はまったくの失敗に終わっても気にしない。というのも、君はふたたび仕事をやり直すことを喜べるほど、仕事を楽しんでいるからだ。

「がんばるはクソ」なのです。

リタイア後の労働は、お金のためにやることを除けば、

  • ハイクオリティ
  • 楽しみに満ちたこと

になります😆

f:id:mikuriyan:20220302223450p:plain

関連:【我慢】「がんばりすぎ」が日本をダメにしています
関連:【高貴な野蛮人】リタイアすると「自然人」に戻れます

終わりに 遊んでできる仕事を探しましょう

「好きを仕事にしよう!」

とプロブロガーはかつていってた。

しかしブログで稼げなくなると、彼らは絶滅した。

彼らは「お金と愛」をくっつけた。

だからお金が稼げなくなると、

「やってられるか!😫」

と消えていった。

リタイア後は社畜労働はなくなります。

「自分がしたいこと」をする。

  • 質の高いこと
  • 楽しんでできること

これが楽しい人生の秘訣ということです😘

もっとも、それは

「リタイアしたらすぐに手に入る」

わけではない。

自由にいたる道は、意外と長いのです……。

急いではならない:自由になることは、魔法のドアを進むことではないーー果樹を育てるようなことなのだ

関連:【リタイア起業】仕事をやめると「仕事が楽しくなる」のです
関連:【無職は最強】リタイア生活はなぜ「うまくいく」のか
関連:「陰キャ」がリア充になれるセミリタイア生活

著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!