30歳1000万円でリタイア

150万円の家でひっそり隠棲 1000万円で生き残る

セミリタイア生活で見つかる「隠れた才能」

こんなに登山にハマるとは

と思った無職です。

この夏で百名山は20座のぼりました。

リタイアすると

「隠れた才能」

が見つかるのです……😘

リタイアすると見つかる「隠れた才能」

  1. 無職でヒマ
  2. 運動不足だし歩いてみるか
  3. 歩くの楽しいな、金かからんし
  4. どうせだし山登ってみるか
  5. もっと高い山登りたい……
  6. もっと遠くの山登りたい……

ついには北海道まで行きました

「日帰りで30km登山した」

といえば、けっこーすごいと言われます。

たぶんちょっとは才能がある。

関連:【日帰り30km】「トムラウシ短縮コース」からヒサゴ沼・化雲岳

働いていないと隠れた才能が見つかります

もともと適性があったんだと思います。

  • 家の裏山に登るのが好き
  • 歩いたり走るのがやたら好き
  • 放浪癖がある

そんなボーイでした👶

しかし、大学生〜社畜時代はほとんど運動してなかった。

「もし働きつづけてたら……?🤔」

登山にハマらなかったかもしれない。

「時間と体力」

をつかいます。

働いていたら時間も体力も奪われてしまう。

もともと適性があったんだと思います。

けっこー北海道ロスです……またいきたい😔

「自分にこんな才能があったのか😲」

と思ったことは他にもあります。

無職でヒマで自由だと隠れた才能が見つかる感じです。

「使われない才能」は病気の原因になる

やかましやの能力は使われなければならない。それらがよく使われたときにのみ、そのやかましやはやむのである。つまり、能力はまた欲求でもあるのである。

……使われない技能や能力や器官は、病気の中心となり、あるいは委縮したり、消滅したりする。そしてついにはその人格を縮小させることにもなるのである。(「完全なる人間」アブラハム・H・マスロー

「能力はまた欲求でもある」

っていい言葉ですね。

能力があるのにそれを使わないと。

人生がつまらないどころか、病気になってしまうとマズローはいいます。

  • 音楽の才能があるのにサボる
  • 数学の才能があるのにクソ仕事している

と人間は腐ってしまう。

「1円にもならない」けれども……

  • 「でもそんな才能発揮してなんになるの?」
  • 「登山なんて1円にもならないし自己満足じゃん」

1円にならなくてもいいのです。

「自分が好きだからする」

「お金のためにする」

となってしまうとダメなのです。

「転倒」が生じる。

「お金」が「自分」の上に立つ。

行為と自分がきりはなされてしまう。

資本主義においては、ヒトとモノとの間、主体と客体との間の関係に転倒が生じているのです。主体が客体化し、客体が主体化しているのです。モノ(貨幣、資本、機械)が社会の主体になり、その反面、ヒト(労働者)が社会の客体になっています。社会関係は、外観だけでなく実質においても、モノの間の(貨幣と国家との間の、あなたのお金と私のお金との間の)関係になっています。その一方で、人間は社会性を奪い取られ、商品交換のためになくてはならない補足物である「個人」にかたちを変えてしまっているのです。(「権力を取らずに世界を変える」ジョン ホロウェイ

「やりたいことやる」

ハッピーに暮らすにはそんだけでいーのです😏

終わりに 才能を発揮することがしあわせ

  • 鳥は飛んでいるとき幸せ🐤
  • 魚は泳いでるときが幸せ🐠

人間はけっこー個人差があります。

ひとそれぞれ違う才能をもっている。

それを発揮することが幸せなんでしょう。

  • 自分がやりたいことをガンガンやって
  • もっとやりたいことが生まれて
  • もっとやりたいことができるようになる

セミリタイアってぐーたら過ごすことではない。

自分のしたいことをして、世界を広げていくことだと思います。

賃金労働なんてしてたら。

そんな才能も発揮できないのです……😘

究極的な心の平安を願うなら、音楽家は音楽を、画家は絵を、詩人は詩を書いていなければならない。人は自分のなり得るものになる必要がある。(「マズローの人間論」エドワード・ホフマン

 

←マズローの本は装丁がかっちょいんだ😍

 

著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!