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【統計】「子どもを持つ=幸せ」とは言えない時代になっています

  • 子どもをつくらないなんて半人前だ!
  • 子どものいない人生は幸福じゃない!
  • 人間として/生物として不自然だ!

こういった主張がなされることがありますが。

現実には違うのかもしれません。

子どもが幸福度を下げる統計?

「第一子の出生によって幸福度はかなり下がる」という統計があります。

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(https://www.washingtonpost.com/news/to-your-health/wp/2015/08/11/the-most-depressing-statistic-imaginable-about-being-a-new-parent/)

↑出生前は幸福度は高まるのですが、出生後1年や2年すると幸福度は下がってしまうようです。驚くべきことですが「失業」や「配偶者の死」より幸福度を下げるようです。

もちろん、これは子育てがもっともたいへんな時期だからでしょう。

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これはDan Gilbertの動画からの切り抜きですが、全体的に見ると、「子どもを持つことは幸福度をわずかに下げる」という統計があるようです。

これについて子育てに苦労する若年層が幸福度を下げているのであり、老年期はむしろ幸福度をあげるという考察があります。

結論:子どもを持つと幸福になりうるか? はかなり微妙なラインです。

人類はなぜ子どもをつくってきたか

人間は子どもをつくるのが当たり前でした。

私だっておかんのお腹から産まれましたからね。

でも、かつての人類は現代的な理由では子どもを作ってこなかったかもしれません。

子どもは貴重な労働力だった

たとえば、中世の農民にとって子どもは貴重な「労働力」でした。

4,5歳くらいで家内労働や乳児の世話に従事させ、7歳になると成人扱いで、大人と同じ仕事をさせました。

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↑江戸時代の農民の子どもたち。

もちろん今の親と同じような「愛情」はあったでしょうが、それでも経済的関心の方が強かったと思います。

産まれた子どもに知的障害や身体障害があればただちに殺すのがふつうだった。飢饉など食糧危機があれば口減らしのために殺すこともあった。金が欲しくなれば身売りすることもあった。

現代の私たちからするとギョッとしますが、当時はこれが「ふつう」だったんですね。

子どもは財産管理人だった

一方で、農民のようにあくせく働く必要のない人々も子どもをつくりました。

特権階級の人たちですね。

それは「高貴な血筋」を受け継ぐためだったり、特権や財産を管理する人間として必要だったのでした。

こういう場合は、長兄がなによりも大事でした。あとは補欠扱いの次男がいくらか大事なだけで、あとはどうでもよかった。

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映画「ラストエンペラー」より。愛新覚羅 溥儀は2歳で清朝皇帝に即位した。

中世ヨーロッパの貴族なんかは、長兄以外は兄弟がバラバラになり、たがいの兄弟の名前すら知らないなんてことがあったようです。

これも現代の家族観からするとかなり意外です……😅

近代になると子どもは家庭の中心になる

「子どもが親の関心の中心となる」のは近代以降です。

それまで、子どもは親の付帯物だった。親は「私たちが幸せに生活するために、どうやって子どもたちを役立てようか」と考えていた。今ではすげー身勝手に聞こえますが😅 まあそれがふつうだったのです。

それが、近代以降は「子どもたちが幸せに生活するためには、私たちはどうすればいいか」を考えるようになった。

フィリップ・アリエスというフランスの歴史学者はこう言っています。

一七世紀には無視され、一八世紀に発見された子どもは、一九世紀には専制君主となる。(「教育」の誕生

こうなった要因はいろいろあると思いますが。

ひとつは皆教育制度でしょうね。

7歳となれば労働力となったはずの子どもたちは、それから何年も学校に縛られることになった。

明治初期の学校皆教育ってすげー評判が悪くって、子どもがほとんど出席しなかったと言われています。学校が焼き討ちに遭うこともあった。まあ貴重な労働力をとられるんだから死活問題ですよね。

ただ、すぐに出席率は向上することになる。

その理由は「メリトクラシー」にあると言われています。学校教育が平等の機会になったんですね。どんなに貧しい出身でも、一生懸命勉強すればエリート官僚になれる可能性があった。

「子どもたちに教育投資してエリートにさせよう」というムードができた。

そーして子どもは家庭の中心になる。

一家の期待を子どもたちが担うようになるわけです🤔

あとの要因は、ネーションステート(国民国家)の概念があげられます。

それまで、国は一部の特権階級のものだった。たとえば江戸時代の日本は徳川家のものだったわけです。

しかし、国民国家では国家の担い手は国民になります。

子どもたちは、家庭に奉仕する存在から、国家や社会の未来を背負う存在になった。

そーなるときちんと子どもを教育していかなければならない。

そのために親の責任が非常に大きくなっていった。

たとえば、子どもが悪人になったり失敗した人生を歩めば、それは親の責任になっていきます。

一家の顔といえば親、特に父親だったのが、徐々に子どもが家庭の顔になっていくわけです。

現代の子育ては「労多くして功少なし」?

さて、現代までやってきました。

現代は近代とほとんど変わらないのですが、変わった部分もあります。

  • 核家族化や地域コミュニティ崩壊により、子育てが親の大きな負担となっている。
  • 大学教育が当たり前となり、教育費・教育期間が膨大となった。
  • 教育格差の存在によってメリトクラシーの幻想が薄れてきた。

現代社会では、子育ては信じられないくらいのハードワークになってます。

昔は子育てなんて部族や農村共同体で育てたわけです。近代でも大家族があった。

それが現代では「ワンオペ育児」となることもある。これ、ふつうはムリですよ😅 お金のある家庭ならアウトソーシングできますが、そうじゃないと過労状態になるでしょう。

あとは3点目が意外に大きいのかなと個人的には思ってます。

「賢い子が生まれて、まじめに勉強させれば偉い人になれる」と信じてる人はもう少ないんではないでしょーか。

結局、親が教育投資した金額や、家庭の文化資本によって学歴は決まりますから。

ようはメリトクラシーの幻想がなくなった。「貧困層の子どもは貧困層」という現実がある。

ま、夢も希望もない世界ってことですな……🤔

終わりに 「子どもを持つ=幸せ」とはいえない

そんなわけで、現代では子どもを持つ理由が薄れているといえます。

子どもは労働力にならないし、受け継がせたい「高貴な血筋」もないし、「ワンチャン偉くなってくれるかも」という期待もあまり持てない。

その割には、バカみたいに金も労力も奪われる。

子どもを持つことが幸福度を下げるのは、ある意味で納得ともいえます。

  • 「子どもを育てる教育費3000万円なんぞ安いわい」
  • 「より多くの自分の遺伝子を残すことが生物としての幸せなんだ」
  • 「やっぱり子どもが大好き!パパやママになることに憧れる!」

こういう人は子どもをつくってもいいんじゃないかと思いますが。

「子どもを持つ」=「幸せになれる」 

この図式はかなり怪しいものになってると私は思いますね~🤔

著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!