すべては君が、今日ここに生きている人間である君が、幸せに生きるということにかかっているのだ。神や教会のため、国や文化の目的のために生きているのではない。君は、ただひとつの、一度かぎりしかない君の人生を幸福で満たすために存在しているのだ
と2300年前のおっさんが言ってた。
幸福は善であり不幸は悪です
ぐちゃぐちゃにこんがらがった社畜ライフ
社畜ライフは複雑です。
- 「幸福と善」
- 「不幸と悪」
を切りはなしてしまうから。
- 仕事はイヤだ。でもサボるのは悪いことだ
- 自分がつらい思いをしなくては、だれかが困るんだ
- 幸せそうなヤツ、楽しそうなヤツは悪いヤツだ
- 自分なんかが幸せになってはいけない
こんな考えじゃ幸せになれません。
人生ぐちゃぐちゃです🤮
「幸せは悪いことだ」と社会はすりこむ
- 20世紀アウシュビッツ「労働は自由への道!」
- 21世紀日本「労働して自己実現!」
ところが社会は人生ぐちゃぐちゃな人を求めるのです。
「自分がハッピーならそれでいーや🤤」
とみんながなったら困る。
- 働いて富を生産して
- 税金を払って
- 子どもを作って再生産して
- 戦争で死んで
くれなきゃいけない😥
だから私たちは教育される。
- あなたが幸福だからって、正しいとは限らない!😡
- あなたがつらい思いをするのは、良いことだ!🤗
その結果生まれるのが
- 低賃金で長時間労働する社畜
- ワンオペ育児で疲弊する母親
- 自国の権力者を守るために死ぬ兵隊
など。
うんちです💩
幸福な人間は石をなげられます
「あいつは幸せそうにしている! 許せない!😤」
という人が多い。
- 「幸福は憎まなくてはいけない」という教育環境で育った
- 「幸福になってはいけない」と縛られた――あるいは自分を縛っている
そーいう人が
「好き勝手にしあわせに生きてる人」
を見つけたら……。
憎悪します。
彼らにとって幸福な人は
「悪魔」
にも見えるでしょう👿
幸福は善・不幸は悪
しかし、幸せな人間が社会をよくする
「俺はバカで低学歴だし食えるだけでいいんだ……😥」
という労働者ばかりになったらどうなるか。
どれほど働いても低賃金の地獄みたいな国になります。
- 「俺は幸せに暮らしたい」
- 「実際に幸せに暮らしてるよ〜🤗」
という人ばかりになったらどーか。
「よい社会」
になりそうではないですか?
なぜなら、幸福は伝染するものであり、自分が幸せであればあるほど、周囲の人たちを幸せにできるからである。(フレデリック・ルノワール)
人を助ければ助けるほど自分が幸せになり、自分が幸せになればなるほど人を助けたくなるという、驚くべき善の循環(同)
「みんながイヤな思いをして成り立つ社会」
なんて機能不全家庭みたいなもん。
存在そのものが邪悪です。
ぶっ壊れたほうがマシ。
みんなが自分のハッピーライフを追求する。
それは世界もよくする「善行」なのです。
自分自身を幸せにできない人が他者の幸せのためにできることは、何一つとしてないのだ。私は自分が幸せでいることを、逃れられない義務のように感じている。(アンドレ・ジッド)
終わりに 「幸福=善」をひたすら追求していくのです
「最高の善とは幸福であり、最高の悪とは不幸である」byおっさん
- きもちいーことが善
- しんどいのは悪
リタイア後はスーパーシンプルになります。
とはいえ最初はけっこーむずい。
- ソシャゲやギャンブル
- 高級車を乗り回す
- 酒のんでだらだら過ごす
これはかなりヘタッピ。
- きもちよく生きる
- 楽しく生きる
のもスキルが必要です。
私もぽやぽや暮らせる
「もっときもちいー生活」
を探求していきます……😘
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