「自分は何者でもない」という感覚にふつう耐えられない
会社の役員だろうが、部下に頼られた上司だろうが、リタイアすれば「ただの人」です。
リタイアすると問題になるのが承認欲求です。
リタイア者でも「承認欲求」を満たす必要がある
リタイアして気づいたことは、無職ライフでも「承認」が必要だということです。
孤独な無職リタイアでもそーなのです😅
私はそれまで「他人に認められたい」という感情は社会的なものだと思っていた。
つまり社会から離れたらなくなると思ってました。
でも、引きこもりライフでも承認は必要なようです。
これはおそらく食事や睡眠と同じくらい本能的ですね。
ニートや引きこもりがステキな日々を送っていても満ち足りないのは、「だれからも承認されない」という絶望のなかにあるからでしょう。
人間には認められること、尊敬されることがどうしても必要なのです。
「承認」は食事と同じように「腹八分目」で
リタイアして1万円の食費で暮らしていると気づくことがあります。
それは粗食の方が健康になれるということです。
食べなければ死ぬが、食べすぎても死ぬ。
承認欲求もおなじで、ほどほどを求めるのがいいんでしょうね。
フォロワーや「いいね!」が欲しいために、バカな発言をしたりバカな行為をする人がたくさんいます。
「そんなにたくさんの友人がいらない」
と多くの大人が気づくように、自分を認めてくれる人は少しいれば十分なんだと思います。
ブログやYoutubeで承認欲求を得るなら「正直に」
私は割とこのブログで承認欲求を得ています。
「読みたいヤツだけ読めばいいんだ😤」と飛ばし気味に記事を書いてますが、意外と多くの人が読んでくれています😍
私がただの会社員ならだれも読まないでしょう。
アーリーリタイア者というだけでたくさんの人が読んでくれるのです。
ブログは承認欲求が手軽に得られるし、お小遣い稼ぎにもなります。
もちろん、Youtube、ツイッターやインスタグラム、リアルの交友関係、なんでもいいのですが。
適度な承認欲求を得るために大事なことがひとつあります。
それは「正直にやること」だと思います。
ひとつは、ウソは長続きしないからです😅 ウソは複雑です。複雑なことは続きません。いつの時代もチェスやオセロが愛され続けるように、シンプルな方が続くのです。
もうひとつは、偽物の自分を作り上げることになるからです。インスタグラムは「今日もハッピーなワタシ!」という投稿ばかりです。偽物の自分が承認されてもいいことはありません。悲しいことがあれば悲しかった、惨めな気分なら惨めだ、それでいいのです。
もうひとつは、ウソつきは多すぎるからです。ビリー・ジョエルの「Honesty」ではないですが、「Everyone is so untrue(みんな不正直)」です🤣 もうウソつきはいらねーんですよ。
終わりに 重要ではないが必要な欲求
リタイア後も承認欲求が必要という話でした。
大事なのは、「適度な」承認が必要ということです。
「私を褒めて」「私を認めて」というひとほどウザいひとはいません😅
一方で、どれほど独立心がある人でも、適度に他人に認められた方がいい。
- 適度な食事で健康になれるように
- 適度なお金に満足するのが「豊か」なように
適度な承認を得る必要があるのです。
フォロワー数10万人とか、チャンネル登録者が10万人とかは難しいですが、「適度な承認」であればそう難しくない。
「足るを知る」人にとって、人生はとってもかんたんなのです……😘
関連:リタイアと「アイデンティティの危機」
関連:セミリタイアが「退屈」で「飽きる」理由
関連:快適セミリタイア生活も「牢獄」になりうる