30歳1000万円でリタイア

150万円の家でひっそり隠棲 1000万円で生き残る

「Having」よりも「Being」な無職生活

無職の休日

1万円で買ったスクーターをかっとばす。

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スーパーのイートインで優雅な朝食。

ここがぼくの指定席……✌😘

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無料の足湯へ。

雨で冷えた足にお湯がしみる。

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図書館で本を読む。

帰りがけに、200円の共同温泉に入ってきた。

今日はストロングなチューハイを飲んで寝るつもりだ。

HavingよりもBeingな無職生活

「ゴミみたいな生活だな」
「ド貧困乙」

と思うかもしれません。

これがなかなかハッピーなのです……😘

HavingとBeing

  • 社畜ワールド=Havingの追求
  • 無職ワールド=Beingの追求

といえるかもしれません。

社畜ワールド(資本主義社会)は富や肩書を追求します。

  • 投資で爆益を出す
  • 豪邸や高級車をゲットする
  • お金持ちクラブの仲間入りする
  • エリートな仕事につく

そーすっと「良い人間」とみなされます。

でも、無職ワールドはHavingよりBeingを追求します。

自分がどんな存在であるべきか、ありたいかと考えます。

私はさいきん読書にハマってます。

おバカより賢い人になりたいからです。

無職生活は時間と自由がたっぷりあります。

「なりたい自分になれる」のです……😘

関連:【独学者のリスト】独学でも「すごい人」になれます

人はけっこー「Being」を求めている

記憶喪失のふりして、パンツ一丁で山道に出没したい」

と思うことがあります。

たぶん、私は見知らぬ人に

  • 服を着せられて
  • 食料を与えられて
  • なんとか住所を聞きだして
  • 家まで届けられる

んじゃないかと思います。

(通報→留置所コースもありそうですが🤣)

人々は何ももっていない私を助けるでしょう。

洋服や、食料や、ガソリン代は無償でしょう。

なぜ「何も持っていない」私を助けるのか?

「人を助けるのは気持ちがいい」

からです。

なにかを与えるとHavingを失います。

その一方でBeingを得ます。

  • 「自分はいいことしたなあ」
  • 「自分は立派な人間だなあ🤗」

という気分になれます。

Beingは資本主義社会では「価値のないもの」「存在しないもの」とみなされてます。

それを求めるのは古典経済学的には「異常行動」です。

でも、人はみなBeingを求めているんじゃないかと思います。

www.youtube.com

この動画を見るとほんと思います😍

金持ちほどBeingに貧しいのかも

基本的にHavingとBeingは反比例します。

お金持ちがお金持ちなのは、富を独り占めしているからです。

「生きていくだけのお金があればいい、あとは困ってる人にあげちゃおう」

となったら、彼は金持ちではなくなるのです。

悲しいのは、Havingは腐るほどありながら、Beingのない人たちです。

こういう人は貧しいBeingを埋め合わせるために、Havingを追求します。

どれほど富を得ても、空虚感にさいなまれる。

私はそーいう金持ちをわりとみてきました。

とても「豊か」とはいえません。

関連:お金持ちが「かっこ悪い」理由――貪欲で無能な収奪者

「倫理的無職」という考え方

「無職なんてろくな存在じゃねえ」

と思われがちです。

でも、無職にも存在意義はある。

少なくとも無職は、金儲けのためにウソをついたり、自然を破壊したり、他人に迷惑をかけることはしません。

だいたい世の中の仕事の半分は「ブルシット・ジョブ」です。

働かない方が合理的でエコなのです。

 

ネコちゃんは無職です😹

毎日ぐーたらハッピーに暮らしてます。

それだけで人間もハッピーにしてます。

傷ついた心を癒やし、場合によっては「命を救う」こともある。

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無職でいることは気持ちがいいです。

毎日ハッピーな人間は、それだけで周囲の人間をハッピーにします。

一方、「オリンピック推進をがんばる人」はどーでしょうか?

彼らにできるのは、ひとの命を奪い、ひとの心を踏みにじることです。

それが「働きもの」とされます。

不幸な人は、どれほどがんばっても、周囲の人をハッピーにはできません。

本人がよいことをしてると思っても、害悪をまきちらすだけ。

幸福な人間だけがほかの人間をハッピーにできます。

関連:【無職の存在価値】「働かない人」はダークヒーローです
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Beingを追求するなら、お金はそんなにいらない

Havingの追求は終わりがないです。

ベンツを買ったつぎにはランボルギーニが欲しくなります。

満足したとおもったら、すぐに不満が生まれる。

「もっともっと」です。

Beingの追求は、そんなにモノもカネも称賛もいらない。

「自分が好きな自分になる」

ってだけですから。

「自分」は、たいていの人にとって「ちっぽけな人間」です。

20代なら夢も見ますが、30代にもなればだいたいわかります。

自分なんてたいした存在じゃない。

神様になる必要も、天才学者やスーパースターになる必要もない。

必要なのは「ちょうどよい」こと。

「自分そのものになること」なのです。

もっともすばらしい生活とは、わたしが思うに、ありふれた、人間的なかたちに、ぴったり合ったもの、秩序はあるけれど、奇蹟とか、逸脱や過剰はないようなものである。(「エセー」モンテーニュ)

関連:【37歳で退職】「モンテーニュ」が完全にリタイアブロガーです

終わりに HavingとBeingどっちがいいか?

「Havingはもういい。Beingを充実させよう」

これがリタイアマインドの真髄かもしれません。 

私がリタイアしてビビったのは、

「月3万円生活のほうがたのしい」

という事実です。

むしろHavingを捨てるほどBeingが充実します。

結局、Havingを追求してもハッピーにはなれません。

  • 「自分のしたい生活をする」
  • 「自分のなりたいものになる」

このBeingでしか、人は幸せになれないと思いますね……😘

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著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!