「人生のリバランス」
がセミリタイアです。
「労働中心」をやめるぽやぽや無職生活
「労働中心」の社畜ライフ
- 社畜ロボットは、会社に危害を加えてはならない
- 社畜ロボットは、上司に与えられた命令に服従しなければならない
- 社畜ロボットは、別に自己を守らなくてもよい🥺
一般国民に求められているのは「労働」です。
ガキのころから
- 労働はすばらしい
- 納税はすばらしい
と洗脳されます。
憲法にもこうあります。
「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」
これはたぶんナチスの
「労働は自由をもたらす Arbeit macht frei」
をリスペクトしているんでしょう。
ふつうに生きてると私たちは
「社畜ロボット」
になります🤖
私自身が新卒で入社した会社の例ですが、当時私はインフルエンザにかかってしまい、出社できない旨を連絡した際、私の上司だった部長(取締役待遇)このような事を言われました。
「A係長を知ってるか? A君は大口の仕事たくさんやってくれている。でも私は彼の同期の電話サポートだけをしているB君の方に課長になってもらった。彼は何年も無遅刻無欠勤なんだ。すごい事だよ。並大抵の事じゃない。A君はよく遅刻する。遅延証明を持ってきて電車が悪いっていうんだ。B君は30分も前に会社に来てるのに。実績と信用は違うんだ。だから君はインフルエンザでも這ってでも来なさい。そして休むかどうか、直接上司の指示を仰ぎなさい。それが社会人だ。もう君は社長の信頼を5割は失ってる」(日本には働いているフリをして給料もらっているだけの人がいっぱいいると聞きますが、実際はどういう風にやっているのですか?に対するHiroki Hayashiさんの回答 - Quora)
「労働中心生活」をやめるリタイア生活
とはいえ仕事ばかりしていたら病気になって死にます。
Karoshiです。
「幸福は労働が9割だ」
が日本社会のスローガンですが、ショーペンハウアーのような偉い先生はやっぱり
「幸福は健康が9割だ」
と言います。
そりゃそーだ。
私が社畜時代は健康面でかなりあやしかった。
- ナゾの過呼吸や胸痛に襲われた(不安神経症とか診断された)
- 慢性的な下痢でした(たぶん酒飲みすぎ)
- 運動の習慣もなく、クソガリ社畜だった
今は市営ジムに通ってムダにマッチョです。
労働よりはるかに健康がだいじです。
もっといえば、私にとっては労働よりも
- 読書
- 楽器
- 旅
がだいじ。
そもそも、労働はお金のためにすること。
リタイアすると
- 賃金に依存しない
- 賃金がなくても楽しめる
生活が確立するので、労働の重要性はかなり低下します。
まーこんなかんじでリバランスする。
ダウンシフト――さらに高次元のリタイア生活?
「労働中心の生活」
をやめたあとは、ひとそれぞれです。
- 家族中心
- 創作中心
とか。
まあそれもいいんですが。
私のおすすめは
「中心をもたない」
生活です。
「情熱的に生きろ!」
とかビジネス書でありますが
「パトス(情熱)」
は苦しみの意味もある。
- 情熱をもたず平静に
- 理想をもたず
- こだわりをもたず
たんたんと生きていく。
動物って、テキトーにメシ食ってセックスしたら完全に満足してだらだらしています。
人間もそんなもんでいいと思いますね。
ビンボーメシ食って、読書して、友達とあって、筋トレして、寝る……的な。
「空隙」をたくさんつくる無職ライフ
終わりに バランスよく生きていく
ガキンチョのときは目玉焼きに塩をふるのはむずかしかった🍳
- 薄すぎたり
- 濃すぎたり
「労働」も同じ。
- まったく働かないのはかんたん
- ガムシャラに働くのもかんたん
だけど「適度に働く」のはけっこーむずかしかったりする。
リタイア生活は
「ちょうどよく働く」
生活です。
これは意外と
- 理性的で
- 高度な
生活なのです……😘