30歳1000万円でリタイア

150万円の家でひっそり隠棲 1000万円で生き残る

「生産性」の呪縛から解放されるリタイア生活

生産性なんてなくてもいい

そう考えるようになって、だいぶ気が楽になりました。

生産性という呪縛

「生産性」という価値観が現代社会を支配しています。

生産性とは「成果/時間」のポテンシャルのことです。

同じ成果が得られるとしても、1時間かかるのと、1ヶ月かかるのとだったら、前者が生産性があるとされます。

成果の量や質だけではなく、それを生みだす「スピード」が非常に重視されているのです。

もともと、農民にせよ、狩猟採集民にせよ、当面のゴールは決まってました。それは「生活に必要な分を生産する」ということでした。

狩猟採集民は、大きな獲物が採れたらその日の狩猟は終わりでした。農民も、生きていくのに必要な分の作物が採れたらそれで良かった。

一方で、現代社会ではほとんどの人は賃金労働者として生きます。賃金労働者は企業に時間を売って賃金を得る労働者です。

企業は生産性を最重視します。これは資本家が強欲だから、ではなく(もちろん基本的に彼らは強欲ですが)、「必要な分だけ生産」していては他の企業との競争に負けることになるからです。

なので、もし労働者が仕事を終えてヒマになったら、企業は彼にまた別の仕事を与えるでしょう。与える仕事がなければ解雇するでしょう。

そんなわけで、労働者はいくら一生懸命働いても、いくら成果を出しても、ゆっくり休むことができない。あるいは、つねに解雇の不安にさらされる。

したがって、労働者は休みなく働く一方で、自分を「競争力のある商品」にしなければいけません。企業にとって生産性の低い社員はただの害悪でしかないからです。

結果として、労働者は単に労働する人間というよりも「時間と戦う」存在となりました。

つねに時計やカレンダーを気にして、いつまでにあれをしなければ、と考えます。期限がなくても、会社や上司に評価されるために、生産性をあげるよう努力します。

それは労働時間だけでなく、余暇時間でも同じ。

じっくり時間をかけて楽しむということはなくなり、すぐに快楽を与えてくれるもの――グルメや物品消費にあけくれるようになりました。なにかしていないと不安になり、一日を雑事で埋めるようになりました。

いわば、「無為」でいること――ぼんやりとリラックスする、気ままに好きなことをする、そういうこととは無縁になる。

このような生活が楽しいか、良いものか、と考えると疑問符が浮かびます。

 

「無為」のライフスタイルを知りたければ「老子」を読もう🤣

リタイア生活に生産性なんていらん

私はそろそろリタイアして3ヶ月なのですが、最近は「生産性なんてどうでもいいや」と考えています😝

もともと、私は働くのが好き。「生産的な無職」「ハードワークをする無職」になろうと思って、いろんな野心をかかえていました。リタイアしたのも、単なる賃金奴隷として一生を終えたくないという気持ちがあったからでした。

だから「ポモドーロ・テクニック」を採用したり、生産性を高める努力をしてたのですが。

最近は、「時間なんていくらでもあるんだし、のんびりやっていこう」と思うようになりました🤣

生産性は「成果/時間」である――これは先に述べたとおりです。

リタイアすると「時間」はたくさんあります。それに、節制した生活を送っていればお金はほとんど減りません。つまりそれほど「成果」が必要ではない。

私のライフスタイルでは生産性をあげる必要がないのです。

「生産性」で失われるもの

生産性の追求はたしかに物質的に豊かな社会をもたらします。しかしそれによって失われるものもあるでしょう。

例えば、昔のインターネットは「生産性」とは無縁の世界でした。各々が自分の趣味や余暇を充実させるためにホームページを運営していました。ほとんどだれも広告で金を稼ごうと思ってなかったからです。それは余暇活動であり、生産活動ではなかった。

いまでは、インターネットも「生産性競争」の世界に変わりました。PV数とアフィ収入しか頭にないクソブロガーや企業のニュースサイトが占めるようになりました。

もちろん、そのおかげで整理された情報にアクセスしやすくなり、情報量も膨大に増えました。それは良いことです。しかし、今のネットは何もワクワクしない、ときめかない無味乾燥の世界になりました……。

でも、私はおもしろい人たちの多様なホームページがあった90年代や00年代のネットの方がずっと好きです(「昔は良かった病」か?😂)。

非生産的な時間を過ごすことは意外と楽しい

「天職」を見つけだして専念すること、それが人生の楽しみだと私は思ってました。

たとえば、漫画家とか、映画監督とか。そういう自分の天職を見つけてバリバリ働く人って楽しそうじゃないですか。いろんな人に認められて、いろんな人を感動させる。私もそういう人生に憧れてました。

でも、最近思うのは、バリバリ働くこととは無縁な、なんら生産的ではない生き方も超楽しいということです。

昨日私は100均までマスクを買いにいきました。ふだんはバイクで国道を通るところ、山道を歩いていくことに決めました。片道2時間の道のりです。

鳥の声と葉擦れの音しかしない山のなかを歩いたのですが、これが超楽しい。

歩いてる間も、自宅についたあとも、充実感に満たされてました。

これは生産性とは真逆の行動です。100均に行くだけなら、バイクを使えばいい。そもそもネットで注文すれば寝てても届く。

でも、私にとっては、歩いて買い物に行くというだけでとても楽しかった。「天職」を見つけてあくせくしなくても、ずっとこんな生活でもいいなあ、と思いました。

終わりに 非生産的に生きていきます

そんなわけで、「のんびり気ままに生きること」をこれからも続けようと思ってます。

金がなくても楽しく生活する。時給20円でも自分のしたいことをする――そうやって生きていこうと思います。

生産性なんて関係なく、気ままに、風のまにまに生きていこうと思ってます。

うーん。なんか……10年もしたら仙人みたいになってそうだ🤣

著者:ミクさん - 問い合わせ- 全記事 - 当サイトの著作権はクリエイティブ・コモンズの表示—非営利となります。
ブログ制作日 2019年11月5日 エンジョイリタイアライフ!